2012年01月23日

とんカツワイドのことを思い出す

私のギャグの原点のひとつに、
『斉藤一美のとんカツワイド』というラジオ番組がある。

90年代中頃に文化放送で平日21:40〜24:30にオンエアされていた。
ただし、かなり早い段階で放送時間は24:00までに短縮、
さらに中期からは金曜日に音楽番組『フライデースーパカウントダウン50』が
放送されるようになったため、放送日も月〜木に縮小された。

wikipediaによると聴取率もそれほど悪くなかったようだし、
水原薫(声優)はこの番組を聴いていて、近年自らのネットラジオを
始めるときにリスペクトした番組名を付けたという。
にもかかわらず、番組の断片すら動画サイトにアップされず
まとまった記述がネット上で見当たらないのは実に面妖だ。

というわけで記憶に頼って番組の内容を挙げてゆくことにした。

聞き始めた理由は、当時まんが描き友達だった
クラスメイトのM沢くんが
「とんかつワイドというラジオ番組がすっげー面白い」
と教えてくれたからだった。

ちょうどその頃、誕生日に秋葉原高架下の電器屋で
アイワのモノラルラジカセを買ってもらったので
http://blogs.yahoo.co.jp/eva_yoshi_fxk/10859610.html
(↑検索したらドンピシャリのブツを所持している方が。
 私の元愛機は93年製で、当時の購入価格は5300円?
 スイッチの日本語表示と短波も受信できる点がウリだった)

一度聞いてみてからは必ず平日は21時30分を過ぎると
ラジオのスイッチを入れるのが日課になった。

パーソナリティの斉藤一美は、
文化放送の社員(アナウンサー)にもかかわらず
髪型は頭のテッペンの一塊だけ毛を残しほぼ丸坊主にされ、
スティックの先っぽに万歩計をつけて○ンポ計と称し、
「全裸で文化放送局内を何歩歩けるか?数字を書いてファックスで……」
熱湯(入浴剤入り)をぶっかけられた一美の叫び声を聞かせ
「さて、お湯の温度は何度?数字を書いてファックスで……」といった
芸人顔負けのネタを体当たりでやらかしていた。

21時30分になると、ついつい待ちきれずに
10分番組『裕木奈江のシチュータイム』から聞きはじめてしまう。
「ふーっん(溜息?)、裕木奈江です」
というモノマネはとんカツワイドでもおなじみのネタであった。
内容はビタイチ覚えていないが、あの吐息と発声の境界線が曖昧な喋り方は、
いまで言えば能登麻美子(声優)のイメージが近いか。

21時40分。
「   (謎の無音)  斉藤斉藤斉藤斉藤一美〜ダイナマ〜イ!
 とんカツとんカツとんカツとんカツワイ〜ド〜ダァイナマァ〜イッ!
 文化放送〜♪」

やたらとパワフルに女性が歌い上げるオープニングテーマは、
『ダイナマイトロック』(梅宮辰夫)イントロ部の替え歌であった。

しかし、ときには21時40分にラジオをつけても
「(ドンドンドン……)ライオンズ球場、バファローズ2点リードのまま9回裏の攻撃。
 斉藤一美のとんカツワイドは、ナイター中継終了後にお送りいたします。
 さて、マウンドには抑えの赤堀ですが豊田さん……」
文化放送は当時も今も、平日は試合終了まで西武ライオンズ戦を放送するので、
仕方なくナイターを延々聞く羽目になったりした。

【トニーからの手紙】
日系何世だか、留学生だかという設定の怪しい外人トニーからの
トンチンカンな日本語を駆使した手紙を読むコーナー。
のちに「今週の川崎球場」という、当時プロ野球で使われなくなっていた
川崎球場のイベント予定(もちろん全部デタラメ)を読み上げるネタが主に。
「ダイヤモンドより硬いものはなーい、光より速いものはなーい♪」
トニーが歌う、『浦和にゃ駅が多すぎる』という
不条理ソングを収めたカセットテープもイベントで配布された。

【ぶっとい注射】
「さささ、刺したろか〜」という副題?があった。
男女のくんずほぐれつかと思わせておいて、
毎回必ず実は健全な○○でした、というオチをつけるラジオドラマもどき。
女性(ずりりん)がどう聞いてもあえぎ声を出すなどやたらめったら思わせぶりで、
すこぶる刺激的であった。他局からのパクり企画らしいがエロいので無問題。

【大魔王の法則】
テーマ曲は【インディ・ジョーンズ】のテーマ。
単行本(ソニー・マガジンズ刊)にもなった名物コーナー。
個人的に最も笑ったネタは
『寺島・ナースの爆発120分(※当時の前番組)の法則 → 不発だ。』
これ採用しちゃってよかったのか。
SEとして使われる【ツァラトゥストラはかく語りき】の
イントロがいい味を出していた。

【バカな答え大賞】
テーマ曲は【いやんばか〜ん】(林屋喜久蔵)。
内容はそのまんま、テストで書いたネタ回答。
私がはじめてハガキが採用されたコーナーだったりする。
採用記念で送られてきたとんカツステッカー(略称とんステ)は
あいにく引越しのときになくしてしまった……。
コーナー終了理由は「バカが減ったため」。いま考えると深い。

【とんカツ人生相談】
中期に存在。23時の時報直後、STOP the SMAPまでのコーナー。
月曜日から木曜日まで4人カウンセラー?がいるのだが
峠恵子が出る日はコーナーの最後で必ず【こわれやすい物語】が流れた。
他に流す持ち歌はなかったのか。おかげでいまだに歌える。

【とんカツリクエスト】
人生相談の後を継いで、番組末期まで持ったコーナー。
ぶっちゃけ手抜きくさいが、それだけに聞き飽きなかった。
【初恋】(村下孝蔵)をリクエストして採用されたことがある
……我ながら義務教育中とは思えないチョイス。

【ズミちゃん俳句】
箏曲といえばまず思い浮かぶ【春の海】をBGMに
「ズミちゃんは、イクゥ〜!」と、ぎなた読みでタイトルコール。
一美がジジイ声で『金田一助平』と名乗り、
やたらシモネタに偏った俳句を読み上げる。

暑苦しいデブ声で感極まると「ガブ、ガブガブガブ、ガブゥ〜!」と
奇声を発する、平成ハレンチ学園(伊集院光深夜の馬鹿力)
のようなコーナーもあったが詳細を思い出せず。

【パンチDEクイズ】
22時の時報と当時に始まる。テーマ曲は軽快なジャズ(曲名不詳)。
見ず知らずの男女が組んだカップル対抗で、
電話越しにヒット曲のイントロを聞き曲名を当てるというもの。
2回連続で?正解したら1万円と
スポンサー提供のエースコックスーパーカップ詰め合わせが貰える。
5日間負け続けたらパンチパーマにしなくてはならない(事実かどうかは不明)。
イントロ「〜♪」
回答者「うーん……」
と悩んでいると、
一美「当てずっぽう! ぽう!」
と煽ってくるのがお約束であった。結構この当てずっぽうが正解になるところが面白い。
そして勝ち抜くと
一美からの「おめでトゥー」
回答者「ありがトゥー」
というやり取りがこれまたお約束。
この語尾を「トゥー」にするというやつを「ズミ語」と称していた。
大学時代にラグビーをやっていた一美が、当時トンガからの留学生
ラトー君をアチラ流発音でラトゥーと呼んでいたことが起こりだったという。
放送禁止用語も「ちんくぅー」「まんくぅー」とオブラートに包める
ある意味便利な言葉であった。

【ヒッツ&カマー 今夜のベスト10】
ヒットチャートの紹介。コーナーとして存在したのは番組初期のみで、
後に独立した番組となり、前記のとおり金曜日の放送時間をまるまる使った
『フライデースーパーカウントダウン50』となった。
こちらは現在でも放送されている。

放送時間が24:30までだった頃は、0時の時報後に
【0時にチェックイン・プリーズ】
という、ゲストコーナーがあった。放送時間短縮後は
【一美にチェックイン・プリーズ】と改名された(はず)。

また、時たまスペシャル企画として、スタッフ総出演で
ラジオドラマをやったこともある。

結果的にはあまり普及しなかったAMステレオ放送開始直後(1992年)には
左右のスピーカーから流れるセリフが違うという、
シリアスなドラマを流したこともある。
……モノラルで聞いていた私は置いてけぼりだったが。

そういえば、番組スタッフをいじくる内輪ネタも多かった。
主要スタッフの大半は妙な愛称を付けられていたのではないだろうか。
たとえばプロデューサーの国吉氏は、ガリガリに痩せて眼鏡をかけていたため
「ガンジー」と呼ばれ、「どんも〜」という挨拶を真似されていた。

リスナーに電話をする企画で、調子に乗った一美が
女の子に「『ガンジ〜』と喘いでみて」と煽ったことがある。
娘「ガンジィ〜」
一「うーん、もうちょっと」
娘「ガァンジィ〜」
女「バカッ!」ガチャ(電話を叩き切った音)
プー、プー、プー……

おそらく現場をマザーに発見されてしまったのだろう。
当時はポケベルが主流で、携帯電話はデキる男の持ち物という時代、
電話は家に一台しかないこともまだまだ珍しいことではなかった。


アイドルの箱番組(5分程度のミニ番組)もいくつかあった。

・瀬能あづさ マイ・ブライト・ナイト
 番組中では「マイブライトナイト」と一気に言っていた。
 中期には終了し、水野美紀に枠を引き継いだ?
 
・水野美紀 ふたりのアトリエ
 ハガキが採用されたことがあるが、ノベルティは
 白いシャーボで「水野美紀 ふたりのアトリエ」と
 銀色の明朝体で印字されていた。
 
・Stop The SMAP
 恐ろしいことに現在も放送中らしい。
 メンバー全員が揃うことは珍しかった。

・観月ありさ 全国radio
 ……関東ローカルだったのに、なぜ「全国」なのだろう?
 この番組のおかげで『伝説の少女』(デビュー曲)を
 いまだに覚えている。

・Accessにアクセス
 23時40分頃にスタートし、箱番組のトリを飾っていた。
 放送は初期の短期間だけだった記憶があるが、
 私はこの頃は大抵寝落ちしていたので記憶はかなりいい加減。

エンディングテーマは、
「ウォ〜オ、斉藤一美〜イエ〜(繰り返す)
 オオオ、と・ん・カツ・ワイド〜♪」

その後もラジオをつけっ放しにして、
次番組『カモンファンキーリップス』を聞くこともあったが、
パンチ力がそれほどなく、ガキには面白い番組ではなかった。

26時半からはヤングマガジン提供の
有象無象寄せ集めアイドルたちがしゃべくる『黒BUTA天国』。
こいつがまた、面白いとか面白くないとかそれ以前の内容で、
オープニングの「くろぶたてんごく〜」
の声を聴いた瞬間に目を閉じたくなる代物であった。

「昨日は黒BUTAまで起きていた」ということを
M沢くんに自慢するためだけに頑張ったようなものであった。


※追記
番組の人気があったため、
一美と解散したばかりのCoCoのメンバーだった羽田恵理香と宮前真樹で
ユニット『psychogalvanometer(サイコガルバノメーター)』が組まれ、
合コンで飛び交うウソをラップ調に歌い上げるCD『USSO!』が
95年にソニーから発売されている。
もちろん私は購入したのだが、いつの間にかCDだけの状態になっていた。
usso.jpg
youtubeなどの動画サイトにも転がっていないのでわりとレアなのか。
『DA.YO.NE』(EAST END×YURI)の二匹目のドジョウ丸出しで
いま聞くとなれ寿司のように味わい深い一曲。
posted by 環 俊次 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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